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心と感情の力学モデルとその制御

日常生活や社会活動において、「感情をコントロールすること」を求められることは多い。

就職活動等の性格適性検査に「感情をコントロールすることができるか」というような項目が必ず登場することからもわかるように、それは人間社会の秩序を保つために最低限必要な能力だ
――という共通認識があるように思う。

だがそもそも、「感情をコントロールする」とはどういうことなのだろうか。

それは怒りや悲しみや憎しみといった“負”の感情を理性で抑え込むこと、あるいは常に一定の安定した心理状態を保つことだと考える人が多いかもしれない。だが、本当にそれだけだろうか。
ぼくは、感情をコントロールすることを、「不安定な心とうまく付き合うことで心の自由を手に入れること」だと考える。


この「感情のコントロール」を理論的に考えるため、人の心と感情を下図のような力学モデルと仮定してみる。
kei.jpg

ここで、この系全体が心であり、x0は感情のベース(基準点)の変位である。このベースにばねおよびダンパを介して質点がつながっており、その変位xが心の出力である感情とする。また、感情のベースは質量を持たないとし、ベースには外乱dおよび制御力fが加わるとする。

感情の浮き沈みを質点の振動に例えてみたというわけである。また変位xが正であることは嬉しいなどの“正”の心理状態に対応し、変位xが負であることは悲しいなどの“負”の心理状態に対応している。
そして、感情のベースは人によってやその時々で異なると考えられるため、固定せず動くように設定した。

本当にこのモデルでいいのかということは一旦おいておき、話を進めよう。

この系の運動方程式は以下の二式だ。

undouhouteishiki.jpg

詳しい計算は省くが、これらをラプラス変換して整理すると
kokoro_shiki01.png

となる。次に、これらをブロック線図で表すと以下の図のようになる。
  block01.jpg

ここまできたので、感情の時間変化をシミュレーションしてみよう。
今、心の制御力fが0だとしてみる。そして、外乱として-5の力が1秒間だけ加わるという場合を考える。これは-5程度(?)の嫌なことが起こったということに対応する。

gairan.jpg 
すると、感情Xの時間応答は以下のようになった。

graph001.jpg

変位が時間と共に負の方向に大きくなっていることがわかる。つまり、外乱を受けた人の心はなんらかの制御力を加えない限りその変位(感情)が発散してしまうのだ。この意味で、人の心は本来「不安定」だといえる。ぼくらが日頃感情を安定させることができているのは、心に適切な制御力を(ほぼ無意識的に)加えているからなのである。

このように心は本来不安定であるが、それは悪いことではない。むしろ、不安定であるがゆえに、本当に大切な「自由」を手に入れられる可能性を持っている。

例えば飛行機(特に戦闘機)は、不安定な乗り物である。しかし、その不安定さのおかげで適切な制御を加えることによって自由に空を飛び回ることができるのである。
これがもし、とても安定な乗り物であったなら、ある一定の飛行しかできない不自由な乗り物になってしまうだろう。

人の心も飛行機と同じで、不安定であるからこそ自由で豊かな感情表現ができるのだ。
不安定さとうまく付き合うとはそういうことである。


では、ぼくらは具体的にはどのような制御力を心に加えているのだろうか。

ここでは、最も古典的かつ普遍的な制御手法であるフィードバック制御を考えてみる。

人は、無意識に感情のベース(x0)の目標値を決めていると考え、この目標値をrとする。また、感情のベースの変位を自分自身で把握し、この値と目標値との差をとったものに比例した制御力を心に入力していると考える。
すなわち、
shiki-f_20130808160452d8f.jpg  
とする。

これを再びブロック線図で表すと、以下のようになる。

block02.jpg


先ほどと同じように-5程度の嫌なことがあった時の感情の時間変化を、目標値を0(平常心)としてシミュレーションしてみる。
(各パラメータは適当に決めた。)

graph002_20130808180637bb8.jpg  
感情が揺れ動きながら0に収束していく様子がわかる。

嫌なことが起こった(外乱)→テンションが下がる→テンションを上げるために楽しいことをやったり考えたりする(制御力)→テンションが上がる→また思い出してちょっとテンションが下がる→(繰り返し)→やがて平常心に戻る

そう、こうした一連の流れが「感情をコントロールする」の正体だったのだ。


では、“負”の感情をできるだけ早く抑えたい場合はどうすればよいか。
一つは、人の性格に対応する心のパラメータ(質量m,ばね定数k,ダンパ係数c)を変えてしまうことである。
しかし、性格というものはそう簡単には変えられるものではない。

となれば、制御力fのフィードバックゲインAを変えるしかない。

というわけで、さっきの10倍のゲインで負の感情を抑え込んでみた。

graph003.jpg

うお、すごく戻るのが早い。
実際にこんな感じで無理矢理に猛烈に負の感情を抑えつけてしまってる人っているんじゃないだろうか。
表に現れる感情はうまく抑えられているが、本当は心にものすごい負担がかかっているということになる。これはとても不自然な行為だ。
あまり無理に強い力で感情を抑え込んでしまうと心の制御器が壊れてしまう。こうなってからでは遅いのだ。
やはり、弱過ぎず、強過ぎずの適切なフィードバックゲインで心を制御することが重要だ。


当然だが、ぼくらの持つ心のパラメータは一人ひとり異なる。だから、感情の振幅や周期は人によって様々だ。
だが、その本質的な運動原理は同じであるとすると、「個々人にとって最適な心のフィードバックゲイン」を見つけることは可能なのではないだろうか。
そしてこれこそが自然な心を保ちながら心の自由を手に入れるための最もよい方法ではないだろうか。

もっとも、それを見つけることが感情を抑えつけることよりも簡単だとは思えないが。