2013年08月

ファブラボは途上国と相性がいい

8/26にfab9 第9回 世界ファブラボ会議 国際シンポジウムという、世界各国のファブラボ代表者が各々の国のファブラボにおける取り組みについて紹介するシンポジウムに行ってきました。

ファブラボとは、3Dプリンターやレーザーカッターをはじめとした様々な工作機械を一般市民が利用できる施設であり、また子供から大人まで誰でも自由にモノづくりができるインフラを実現させようという世界的な運動でもあります。
ファブラボは2002年にMIT(マサチューセッツ工科大学)から世界中に広がり、現在その数は年々増え続けています。

このシンポジウムで各国のファブラボの活動やその利用についての話を聞かせて頂きましたが、ぼくが強く感じたのは、「ファブラボは先進国よりも発展途上国にこそ必要であり、途上国と非常に相性がいい」ということです。

その理由は次の二つです。


◆途上国の人が自ら価値を生み出す仕組みを構築できる。

このシンポジウムでケニア人のカマウ・ガチギさんがファブラボ ナイロビにおける活動や国が抱える問題について語っていました。

ケニアを含む途上国は先進国から多額の金銭的支援を受けていますが、よく言われているようにその多くを国の上層部がピンハネしているという状況であり、最も支援が必要であろう末端市民に渡る支援金や物資はかなり少なくなってしまっています。
また、途上国の子供達の教育を目的として政府開発援助やNGOの活動などによって教育機関は増えているものの、親が家庭の労働力として子供に依存しているために出席率も低く、子供達は十分な教育を受けられていません。

そのため、自分たちで新たな価値を生み出し自分たちの力で貧困を脱するための「仕組み」を構築できず、天然資源や先進国による支援に頼りっぱなしになっているのです。

これでは支援金を増やしたところでほとんど意味がありません。

ファブラボの目的は、誰もが自らの手で新しいものを創れるようになることですから、途上国でファブラボを増やすことは、途上国の子供達にとって非常に効果的な教育になり、先進国からの支援に頼ることなく自分たちの力で新しい価値を生み出す「仕組み」を構築していくことに繋がるのではないでしょうか。


◆途上国から世界中へ、リバースイノベーションの流れを促進させることができる。

世界の産業に革命をもたらすイノベーションは、先進国で生まれるものだと思われがちですが、途上国での需要から生まれたイノベーションが先進国に逆流する「リバースイノベーション」の流れが近年増加しています。そして、企業が真のグローバル企業として発展していくためには、いかに途上国でのニーズを満たすかが重要になってきています。

ファブラボを途上国で増やすことによって、途上国特有の問題を解決したり国民の新たな需要を満たすために必要なハードやソフトを、その国主体でその国で利用できる資源を有効活用しながら創ることが可能になります。
実際に、ガチギさんはファブラボ ナイロビで水汲み機や発電機などの現地の生活を便利にするものをたくさん発明しているそうです。
こうした過程で生まれたイノベーションを他の途上国や先進国に輸出したり、他国の企業と共同開発を進め続けることで、途上国から世界中を豊かにしていくことができるのではないかと思います。

つまり、ファブラボを途上国で増やすことは、途上国だけではなく先進国にとっても有益なことなのです。


一方、先進国のひとつである日本ではどうでしょうか。

日本の労働人口に占める製造業従事者の割合は年々下がっており、サービス業の割合が上がってきています。とはいえ、まだまだ日本は製造業で成り立っている国であり、また日本の製造業のうち中小企業の割合は98%を上回っています(労働者の割合は75%程度)。
このような現状を踏まえると、日本でファブラボのような施設を増やしてパーソナルファブリケーションを推進していくことは、下手にやってしまうとこうした製造業従事者の仕事を奪うことになりかねません。そのため、日本政府としてはどうしても慎重にならざるを得ないのです。

このシンポジウムでファブラボジャパンの仕掛人である田中浩也さんは、「(人々は)製造業とサービス業の間にとか先進国と途上国の間にとか作る人とそれを利用する人との間にとかいろんな物事の間に線を引いて考えがちだけど、ファブラボはそういった線引きをできるだけなくしていきたいんです。」
というようなことをおっしゃっていました。
あぁ未来っぽくてすごくいいなぁと思いましたが、こういったことも含めてファブラボの活動がいかに社会にとって有益かということを訴え続けないことには日本でそのネットワークを広げていくのは難しそうだと感じました。


やっぱり、ファブラボはモノづくりに関する既得権のしがらみが複雑な先進国よりも途上国とのほうが相性がいいんじゃないかなぁとぼくは思ってしまうのでした。

FABに何が可能か  「つくりながら生きる」21世紀の野生の思考FABに何が可能か 「つくりながら生きる」21世紀の野生の思考
(2013/08/26)
田中浩也、門田和雄 他

商品詳細を見る

Fab ―パーソナルコンピュータからパーソナルファブリケーションへ (Make: Japan Books)Fab ―パーソナルコンピュータからパーソナルファブリケーションへ (Make: Japan Books)
(2012/12/01)
Neil Gershenfeld

商品詳細を見る

スポンサーサイト

心と感情の力学モデルとその制御

日常生活や社会活動において、「感情をコントロールすること」を求められることは多い。

就職活動等の性格適性検査に「感情をコントロールすることができるか」というような項目が必ず登場することからもわかるように、それは人間社会の秩序を保つために最低限必要な能力だ
――という共通認識があるように思う。

だがそもそも、「感情をコントロールする」とはどういうことなのだろうか。

それは怒りや悲しみや憎しみといった“負”の感情を理性で抑え込むこと、あるいは常に一定の安定した心理状態を保つことだと考える人が多いかもしれない。だが、本当にそれだけだろうか。
ぼくは、感情をコントロールすることを、「不安定な心とうまく付き合うことで心の自由を手に入れること」だと考える。


この「感情のコントロール」を理論的に考えるため、人の心と感情を下図のような力学モデルと仮定してみる。
kei.jpg

ここで、この系全体が心であり、x0は感情のベース(基準点)の変位である。このベースにばねおよびダンパを介して質点がつながっており、その変位xが心の出力である感情とする。また、感情のベースは質量を持たないとし、ベースには外乱dおよび制御力fが加わるとする。

感情の浮き沈みを質点の振動に例えてみたというわけである。また変位xが正であることは嬉しいなどの“正”の心理状態に対応し、変位xが負であることは悲しいなどの“負”の心理状態に対応している。
そして、感情のベースは人によってやその時々で異なると考えられるため、固定せず動くように設定した。

本当にこのモデルでいいのかということは一旦おいておき、話を進めよう。

この系の運動方程式は以下の二式だ。

undouhouteishiki.jpg

詳しい計算は省くが、これらをラプラス変換して整理すると
kokoro_shiki01.png

となる。次に、これらをブロック線図で表すと以下の図のようになる。
  block01.jpg

ここまできたので、感情の時間変化をシミュレーションしてみよう。
今、心の制御力fが0だとしてみる。そして、外乱として-5の力が1秒間だけ加わるという場合を考える。これは-5程度(?)の嫌なことが起こったということに対応する。

gairan.jpg 
すると、感情Xの時間応答は以下のようになった。

graph001.jpg

変位が時間と共に負の方向に大きくなっていることがわかる。つまり、外乱を受けた人の心はなんらかの制御力を加えない限りその変位(感情)が発散してしまうのだ。この意味で、人の心は本来「不安定」だといえる。ぼくらが日頃感情を安定させることができているのは、心に適切な制御力を(ほぼ無意識的に)加えているからなのである。

このように心は本来不安定であるが、それは悪いことではない。むしろ、不安定であるがゆえに、本当に大切な「自由」を手に入れられる可能性を持っている。

例えば飛行機(特に戦闘機)は、不安定な乗り物である。しかし、その不安定さのおかげで適切な制御を加えることによって自由に空を飛び回ることができるのである。
これがもし、とても安定な乗り物であったなら、ある一定の飛行しかできない不自由な乗り物になってしまうだろう。

人の心も飛行機と同じで、不安定であるからこそ自由で豊かな感情表現ができるのだ。
不安定さとうまく付き合うとはそういうことである。


では、ぼくらは具体的にはどのような制御力を心に加えているのだろうか。

ここでは、最も古典的かつ普遍的な制御手法であるフィードバック制御を考えてみる。

人は、無意識に感情のベース(x0)の目標値を決めていると考え、この目標値をrとする。また、感情のベースの変位を自分自身で把握し、この値と目標値との差をとったものに比例した制御力を心に入力していると考える。
すなわち、
shiki-f_20130808160452d8f.jpg  
とする。

これを再びブロック線図で表すと、以下のようになる。

block02.jpg


先ほどと同じように-5程度の嫌なことがあった時の感情の時間変化を、目標値を0(平常心)としてシミュレーションしてみる。
(各パラメータは適当に決めた。)

graph002_20130808180637bb8.jpg  
感情が揺れ動きながら0に収束していく様子がわかる。

嫌なことが起こった(外乱)→テンションが下がる→テンションを上げるために楽しいことをやったり考えたりする(制御力)→テンションが上がる→また思い出してちょっとテンションが下がる→(繰り返し)→やがて平常心に戻る

そう、こうした一連の流れが「感情をコントロールする」の正体だったのだ。


では、“負”の感情をできるだけ早く抑えたい場合はどうすればよいか。
一つは、人の性格に対応する心のパラメータ(質量m,ばね定数k,ダンパ係数c)を変えてしまうことである。
しかし、性格というものはそう簡単には変えられるものではない。

となれば、制御力fのフィードバックゲインAを変えるしかない。

というわけで、さっきの10倍のゲインで負の感情を抑え込んでみた。

graph003.jpg

うお、すごく戻るのが早い。
実際にこんな感じで無理矢理に猛烈に負の感情を抑えつけてしまってる人っているんじゃないだろうか。
表に現れる感情はうまく抑えられているが、本当は心にものすごい負担がかかっているということになる。これはとても不自然な行為だ。
あまり無理に強い力で感情を抑え込んでしまうと心の制御器が壊れてしまう。こうなってからでは遅いのだ。
やはり、弱過ぎず、強過ぎずの適切なフィードバックゲインで心を制御することが重要だ。


当然だが、ぼくらの持つ心のパラメータは一人ひとり異なる。だから、感情の振幅や周期は人によって様々だ。
だが、その本質的な運動原理は同じであるとすると、「個々人にとって最適な心のフィードバックゲイン」を見つけることは可能なのではないだろうか。
そしてこれこそが自然な心を保ちながら心の自由を手に入れるための最もよい方法ではないだろうか。

もっとも、それを見つけることが感情を抑えつけることよりも簡単だとは思えないが。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。